父が亡くなった。
こういうことはいつも突然やってくる。
実感の湧かぬままぼくは急ぎ沼津行きの電車に飛び乗った。
父はいつも笑顔で、人に対する感謝を忘れない人だった。
老若男女分け隔てなく人と向かい合える真っ直ぐな人だった。
そんな “人間好き” な父は、本当に多くの人から愛された。
父にお別れを言いに葬儀場まで馳せ参じた人の列は、
途切れる事なく長くどこまでも続いていたんだ・・・。
父親とぼく。
父はぼくの中ではずっといつでも “あまりに広く大きい” 存在だった。
そんな父に反発した時期があった。
それはいわゆる “反抗期” とは少しニュアンスが違うかな。
その頃のぼくは、父と向き合う事で自身の小ささを思い知らされるような気がしてた。
遠ざけたりはしなかったけれど、きっといつでも素直じゃなかった。
そう、いつも父に対して素直じゃなかったんだ。
自分の未熟さをどこまでも自分で認めようとしなかったばかりに。
何だか怖かったんだ。
でも大人になって、時間が経って、ある時、
素直に父の生き様に惹かれている自分がいることに気が付いた。
もちろんその時も父は “あまりに広く大きかった” 。
でもそのことに恐怖感は抱かなかった、
素直に認めたら父と沢山話がしたくなった。
何から話そう、もっと話をしよう。
そう心から思えるようになったのに、
ようやく思えるようになったのに、
逝ってしまった。
今までどうもありがとうございました。
父から受け取った “心意気” を決して忘れないでいよう。
そして強く優しくなりたい。
父のように。
どうか安らかに眠って下さい。
合掌。
西ヶ谷源市
四十一歳